以前,電話帳に掲載されていた氏名・住所・電話番号が,自分に無断でインターネット上に掲載された。いったん公開された情報については,プライバシー侵害にならない?
さて,平成27年8月21日付産経新聞に「ネットの電話帳」無断公開はプライバシー権侵害 削除求めてサイト運営者を提訴 京都地裁」という記事(以下「産経新聞記事」といいます)が掲載されていました。
産経新聞記事によれば,「運営者の男性は,NTTの電話帳に載っていた原告の男性の氏名,住所,電話番号を「ネットの電話帳」に転載」したため,「「不特定多数の人が閲覧可能な状態になっており,プライバシー権を侵害している」」として,情報の削除及び損害賠償を求めて訴訟を提起したとのことです。
何が問題か?
以前に当ブログの「日本の裁判で最初に認められたプライバシー侵害」で取り上げたように,「プライバシーが侵害された」というためには,公開された内容が以下の要件を満たしている必要があります。
1 私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること
2 一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること,換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担,不安を覚えるであろうと認められることがらであること
3 一般の人々に未だ知られていないことがらであること
これらの要件に照らすと,今回のケースでは,原告の男性の氏名,住所,電話番号は以前にNTTの電話帳に掲載されていたということですから,3の「一般の人々に未だ知られていないことがらであること」という要件を満たしているかが問題になりそうですね。
過去の裁判例ではどうなっている?
さて,今回のケースにおいて裁判所がどのように判断するかを考えるにあたり,過去の裁判例をみてみましょう(もちろん,裁判官は個々の事案について独自に判断をしますが,過去に同種の事案でどのような判断がされていたかということは,参考にしていると思います。もっとも,「同種かどうか」というところから争点になりますので,過去の裁判例を参考にしてもらいたい弁護士は「この事案は××と同種事案である(から,同じように判断すべき)」といい,相手方の弁護士は「△△の点が異なり同種事案ではない(から,違う判断をすべき)」として,議論をたたかわせることになります)。
【東京地方裁判所平成23年8月29日判決】
この事案は,インターネット上のブログに裁判の判決書を掲載して,裁判の相手方当事者の氏名・住所を公開したことについて,損害賠償が請求された事案です。
裁判所は,「個人の自宅等の住居の所在地に関する情報(以下「自宅住所情報」という。)をみだりに公表されない利益は,いずれも,原告らにとって,私的な情報であるといえ,かつ,一般的に広く知れ渡っている情報ともいえないから,原告らが,自宅住所情報について,原告らが欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは決して不合理なことではなく,かかる期待は保護されるべきものであり,プライバシーの利益として法的に保護されるべき利益というべきである。」として,請求を認めました。
この裁判で,判決書を掲載したブログ主(被告)は,原告(相手方当事者)の氏名・住所は登記簿や電話帳において既に公開されていたので,プライバシーとして保護される情報ではないと反論しました。
しかし,裁判所は「登記簿や電話帳への自宅住所の記載は,いずれも一定の目的の下に限定された媒体ないし方法で公開されるもので,同目的に照らし限定的に利用され,同目的と関係ない目的のために利用される危険は少ないものと考えられ,公開する者もそのように期待して公開に係る自宅住所情報の伝搬を上記範囲に制限しているというべきであるから,上記各事実を理由として,原告X1が自宅住所情報につきプライバシーの利益として保護されることまで放棄していると評価することはできない。被告の上記主張は採用できない。」として,被告の反論を認めませんでした。
もうひとつ。
【東京地方裁判所平成2年8月29日判決(判例タイムズ751号161頁)】
この事案は,マンション購入に際して勤務先名称・電話番号を売主(不動産会社)に申告したところ,売主がそれらの情報を無断で第三者(マンション管理を委託する予定であった会社)に開示したこと等が,プライバシー侵害にあたるとして損害賠償が請求されたものです。
裁判所は,「原告の勤務先の名称及び電話番号は,原告において当初から一貫して秘匿の意図を有していたものとみられ,一般人の感受性を基準にして,原告の立場に立った場合,公開を欲しない事柄であり,かつ,一般の人に未だ知られていない事柄に該当する」,「プライバシーの法的性格からして,ここにいう「公表」とは,必ずしも不特定又は多数人に対してなされる必要はなく,当該事柄を知られたくない特定の者に対して開示する行為をも含むと解すべきである。」として,プライバシー侵害にあたることを認めました(ただし,開示に「正当な理由」があったとして,結論としては損害賠償を認めませんでした)。
今回のケースで裁判所はどのように判断するか?
裁判においては,「ある事実が証明できるかどうか」という点も判断を左右する重要な要素ですから,判決の行方を予測することは難しいところがあります。
もっとも,今回のケースでは,被告のほうも「氏名や住所,電話番号を本人の承諾なくインターネット上で公開した」という事実については争っていないようなので,争点は,これらの情報を公開した行為がプライバシー侵害にあたり,損害賠償責任を負うかどうか,というところに絞られるように思います。
上で見た過去の裁判例を前提にすると,既に公開されている情報であっても,「一定の目的の下に限定された媒体ないし方法で公開されたもの」である場合には,依然としてプライバシーとして保護されるということになります。
また,「事柄を知られたくない特定の者に対して開示する行為」もプライバシー侵害にあたるという判断を前提にすると,今回のケースは本人が望まない不特定多数への情報開示ですから,やはり,プライバシー侵害にあたるということになりそうです(原告の男性は「10年以上前にNTTの電話帳への連絡先の記載を断っていた」ということですから,そもそも電話帳への掲載自体,承諾していないということになり,したがって,インターネット上に転載することはなおさら本人の意図しないところでしょう)。
裁判の帰趨が注目されるところです。