被害者の苦しみ
私は,インターネット上のプライバシー侵害や誹謗中傷といった被害に悩む方からのご相談・ご依頼を受け,記事の削除や投稿者の特定,判明した投稿者を相手とする損害賠償請求といった業務をおこなっています。
被害に遭った(遭っている)方のお話を伺うと,「なぜここまで誹謗中傷・攻撃されないといけないのか」と,第三者である私でも憤りを禁じ得ない場合が多々あります。
もちろん,インターネット(という技術)そのものは,善でも悪でもない中立的なものであり,インターネットの普及によって私達の生活が飛躍的に便利になったことは,インターネットの持つプラス面として大いに評価されるべきことだと思います。
一方で,インターネットの「コストをかけず,いつでも,(インターネット接続環境さえあれば)どこでも,きわめて広範囲に,瞬時に,永続的に,情報を発信することができる」という性質が悪用され,多くの,時としてきわめて深刻な被害が生じていることもまた事実であり,この「負の側面」を軽視すべきではないと思います。
インターネットを使えば,「気に入らない他人を,安全なところ(反撃を受けないところ)から攻撃すること」ができるようになったことで,自分の中の悪意を放出することに躊躇がなくなってしまったのでしょうか。「人を呪わば穴二つ」という諺が,インターネットの世界ではもはや存在していないかのようです。
以前,「ネットの書き込みを規制した国!違反すると罰金!?」という記事で,ニュージーランドがインターネット上に流通する「ネガティブ情報」を法律によって規制することにしたという話題を取り上げましたが,人の悪意(に基づく行動)をこうした「外部からのアプローチ」でどこまで抑制することができるのか,なかなか難しいところだと思います。
「悪意をどうやって制御していくのか(他人を傷つけない形で昇華・発散していくのか)」という,内部からのアプローチも重要なのではないでしょうか(もとより,これはインターネット上の問題に限った話ではありませんが)。