いわゆる「ヘイトスピーチ」法案について
先日のトピック「震災とデマ」で触れたように,大阪市では平成28年1月18日に「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」が公布されましたが,国レベルにおいても「ヘイトスピーチ」を規制するための法案が審議されています(例えば,ハフィントンポストH28.4.28付記事など)。
昨年(平成27年)5月に,野党側(民主党(当時),社民党など)からの共同提案として「人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案」が提出され,今年(平成28年)4月には与党側(自民党,公明党)から「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律案」が提出されています。
与党案において,規制対象とされる「差別的言動」は「この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加える旨を告知するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。」と定義されています。
この定義で気になるのは,「適法に居住するもの」という表現と,「本邦外出身者」(専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの)という表現です。
なぜなら,前者については,適法ではない居住者,例えば不法滞在者に対する差別的言動は規制対象とならず,また,後者については,本邦「内」出身者,例えばアイヌ民族に対する差別的言動は規制対象とならない,となってしまうからです。
このようにいうと,「規制対象になっていないからといって,(不法滞在者や本邦内出身者に対する)差別的言動が許されるなどと受けとめられる訳がない」との反論がありそうです。確かに,そうであれば問題はありません。
しかし,「ある行為につき,法律による規制の対象としない」ということは,「その行為は国が是認しているのだ」という(誤った)メッセージとして認識されかねない危険を孕んでいるのではないでしょうか。
なお,報道によれば,野党側との協議によって,与党は「適法に居住するもの」,「本邦外出身者」という表現を修正することには応じなかったものの,「野党の主張を入れて「『本邦外出身者に対する不当な差別的言動』以外のものであれば、いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りだ」とする付帯決議を可決することで決着した。」とのことです(朝日新聞H28.4.28付記事)。はたして,そのような付帯決議がどこまで実効性を有するかについては疑問がありますが,何もないよりはベターだと考えるべきでしょうか。
日本における差別的言動の状況については,国際人権(自由権)規約委員会や人種差別撤廃委員会から,規制が十分ではないとの指摘を受けているところ(参照:日本弁護士連合会「自由権規約委員会は日本政府にどのような改善を求めているのか」)であり,「表現の自由」に配慮しつつ,「適切な規制のあり方」について議論を深め,実行にうつしていく必要があるといえます。