アーティストのタクシー内における言動を撮影した映像を放送。何が問題になる?
先日,覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕されたアーティストの,(逮捕直前に)乗車していたタクシー内における言動を撮影した映像がマスメディアで放送されるという事態がありました。
当該映像を提供したタクシー会社が加盟している「チェッカーキャブ」は,この事態を受け,「この度のチェッカーキャブ加盟会社の車内映像がテレビ等マスコミ各局にて放送されている事態につきまして」というリリースをウェブサイトに掲載し,謝罪及び再発防止に努める旨を発表しています。
「タクシー内における言動が撮影された映像を,(撮影対象者に無断で)放送した」という行為を法的にみた場合,何が問題となるでしょうか。
まず挙げられるのは「プライバシー侵害」です。
タクシー内での言動は,個人の私生活・私的領域に属する事柄ですから,その個人の「プライバシー」に該当するものといえ,それを無断で公開(不特定多数が認識できる状態にする)ことは,プライバシーを侵害するものといえるでしょう。
ただし,プライバシーを侵害する行為であっても,(プライバシーを)「公表する利益」が「公表されない利益」を上回る場合には,違法性が阻却され,プライバシー侵害の成立が否定されます(つまり,公表した者は法的な責任(損害賠償責任)を負わない)。
しかし,今回の映像については,公表したのがマスメディアであり,また,覚醒剤取締法違反の疑いがかけられていた人物の言動であるとはいえ,その内容は,タクシー運転手に道順を指示する等,犯罪とは関連性のないことが明らかな言動を撮影したものですから,「公表する利益があった」とは言い難く,プライバシー侵害が成立するのではないかと思われます。
もうひとつ,「肖像権侵害」についても問題となります。
個人が,容貌や姿態を勝手に撮影・公表されないことについては,個人の有する「人格的利益」のひとつとして法的な保護の対象になるとされています。
すなわち,最高裁昭和44年12月24日判決判タ242号119頁は,「個人の私生活上の自由の一つとして,何人も,その承諾なしに,みだりにその容ぼう・姿態(中略)を撮影されない自由を有するものというべき」と述べています。
また,最高裁平成17年11月10日判決判タ1203号74頁は,「人は,自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当であり,人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には,その容ぼう等が撮影された写真を公表する行為は,被撮影者の上記人格的利益を侵害するものとして,違法性を有するものというべき」としています(この判例では「写真」が問題となっていますが,動画の場合でも同様といえるでしょう)。
今回の場合,タクシー内における言動の撮影自体は,防犯・事故の解明等を目的としたドライブレコーダーによるタクシー車内外の状況記録に必然的に伴うものとして許容されるとしても,記録された乗客の映像をマスメディアが放送することは,「自己の容ぼう等を撮影された映像をみだりに公表されない人格的利益」(肖像権)を侵害するものといえるでしょう。
なお,映像を提供したタクシー会社が個人情報保護法に定める「個人情報取扱事業者」に該当する場合は,「個人情報取扱事業者は,あらかじめ本人の同意を得ないで,前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて,個人情報を取り扱ってはならない。」(同法16条1項),「個人情報取扱事業者は,次に掲げる場合を除くほか,あらかじめ本人の同意を得ないで,個人データを第三者に提供してはならない。」(同法23条1項)に抵触するといえるでしょう。