Googleストリートビューに○○が写ってた!コレってプライバシー侵害!?
裁判例4 福岡高等裁判所平成24年7月13日判決(判時2234号44頁)
Googleストリートビューで公開されてしまった○○とは?
この裁判例は,グーグル(米国法人)がGoogle マップ・Google アース上で提供している「Google ストリートビュー」によって,甲野花子さん(仮名)の自宅ベランダと,そこに掛かっていた洗濯物(甲野さんは「下着や洋服」と主張)の画像がインターネット上で公開され,その結果,プライバシーが侵害されたとして,甲野さんがグーグル(日本法人)を相手どり慰謝料の支払いを求めたというものです。
結論として,裁判所は甲野さんの訴えを認めませんでした。以下,詳しくみてみましょう。
裁判所は,甲野さんの訴えを受け,まず,「一般に,他人に知られたくない私的事項をみだりに公表されない権利・利益や私生活の平穏を享受する権利・利益については,プライバシー権として法的保護が与えられ」る,としました。
これは,今までみてきた裁判例においても述べられていたところですね。
続けて裁判所は,写真等を撮影する行為について,「被撮影者の承諾なく容ぼう・姿態が撮影される場合には肖像権侵害として類型的に捉えられる」とした上で,容貌や姿態以外の「私的事項」についても,「その撮影行為により私生活上の平穏の利益が侵され,違法と評価されるものであれば,プライバシー侵害として不法行為を構成し,法的な救済の対象とされる」としました。
つまり,無断で他人の顔や姿,形を撮影する行為は,「肖像権」を侵害することになるが,顔や姿,形ではなく,他人の私的な領域に属する事項を対象として撮影する行為も,一定の場合にはプライバシー侵害にあたる,としたのです。
その理由として裁判所は,「容ぼう・姿態以外であっても,人におよそ知られることが想定されていない私的な営みに関する私的事項が,他人からみだりに撮影されることになれば,私生活において安心して行動することができなくなり,実際に撮影された場合には,単に目視されるのとは異なり,その私的事項に関する情報が写真・画像として残ることにより,他人が客観的にそれを認識できる状況が半永続的に作出されてしまうのであり,そのために精神的苦痛を受けることもあり得る」から,と述べています
撮影によって,「私生活において安心して行動することができなくなる」というところと,「私的事項に関する情報について,他人が客観的に認識できる状況が半永続的に作出される」というところがポイントですね。
ただし,どのような場合であっても,私的事項について撮影すればプライバシー侵害にあたる,とした訳ではありません。裁判所は,撮影された人の「私生活上の平穏の利益の侵害」が「社会生活上受忍の限度を超える」場合に,プライバシー侵害が成立するとしました。
「社会生活上受忍の限度を超える」という言い回しは,裁判所が好んで使う規範(判断基準)のひとつです。
難しく聞こえるかもしれませんが,要は,一般的な人の感覚からいって「これは我慢できない(我慢させるのは酷であり,加害者に法的責任を負わせるべきだ)」というレベルに至っているかどうか,ということです。
もっとも,騒音など,侵害の程度が客観的に計測できるものであればまだしも,本件のように「何が撮影されると我慢できないか」というのは,客観的に判断するといっても判断者の感覚的なところに左右される部分があることは否めず,判断の幅が大きくなりがちともいえます。
では,甲野さんのケースについて,裁判所はどのように判断したのか
裁判所は,
・本件居室(筆者註:甲野さんが住んでいたアパートの部屋)はアパート建物の一部として,撮影地点から相当離れたところに見えるにすぎない。
・ベランダの手すりに布様のものが掛けてあることは分かるが,それが具体的に何であるかは判別できない。
・ベランダの手すり以外のところに,物干しやハンガー等に吊られている洗濯物等もなく,ベランダ全体を見ても下着が干してあることまでは分からない。
・本件画像(筆者註:ストリートビューで公開されていた甲野さんの居宅ベランダが写った画像)には人物,表札や看板など個人名やアパート名が分かるものは写っていないという事実を認定した上で,「本件画像は,本件居室やベランダの様子を特段に撮影対象としたものではなく,公道から周囲全体を撮影した際に画像に写り込んだものであるところ,本件居室のベランダは公道から奥にあり,画像全体に占めるベランダの画像の割合は小さく,そこに掛けられている物については判然としないのであるから,一般人を基準とした場合には,この画像を撮影されたことにより私生活の平穏が侵害されたとは認められないといわざるを得ない。」として,プライバシー侵害を認めませんでした。
もし,ストリートビューで公開された画像が,そこに写っているのが下着であるとはっきり分かり,そして,表札等によりその下着の持主が特定されてしまうようなものであれば,プライバシー侵害にあたると判断されたかもしれませんね。
ストリートビューを巡っては,日本だけでなく世界各国でプライバシー侵害ではないかとの疑問が呈されており,グーグルも「ぼかし処理」の依頼を受けつけるなどの対応策(https://www.google.co.jp/intl/ja/maps/about/behind-the-scenes/streetview/privacy/#streetview)を講じているようです。
技術の進歩によってもたらされる便益と,同時に生じる不都合とをどう調整するか,この点が問われた興味深い裁判例だと思います。
※一審地裁判決については裁判所データベースで公開されていますので,判決文に興味のある方はこちらでご覧ください。
→ http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/227/081227_hanrei.pdf