裁判の内容をインターネットで公開することは許されるか?
ときおり,インターネット上の誹謗中傷被害に遭い,投稿者に対して損害賠償請求を提起したご依頼者の方から「裁判のことをブログに書いてもいいですか?」と尋ねられることがあります。
このような質問をいただいた私は,「それはやめるべきです」とお答えします。なぜなら,裁判の内容を公開する(不特定または多数に伝える)ことは,裁判相手方に対するプライバシー侵害等にあたる可能性があるためです。
ここで,「あれ,裁判って公開されてるんじゃないの?」と思われた貴方。
確かに,法廷で行われている裁判は誰でも見る(傍聴する)ことができます。これは,憲法にも定められている国民の重要な権利です(憲法82条1項:裁判の対審及び判決は,公開法廷でこれを行ふ)。
また,民事裁判の記録は原則として誰でも閲覧が可能です(民事訴訟法91条1項:何人も,裁判所書記官に対し,訴訟記録の閲覧を請求することができる)。
しかし,裁判の傍聴ができること,記録が閲覧できることから直ちに,裁判の内容,特に「誰が裁判の当事者であるか」について公開しても問題ない,ということにはなりません。
というのは,裁判の公開を憲法が定めているのは,「裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し,ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとするところ」にあります(最高裁大法廷平成元年3月8日判決民集43巻2号89頁)。
つまり,「裁判の公正(な実施)」と「裁判に対する国民の信頼確保」が憲法が公開を定めている目的なのであり,「不特定多数に知らしめること」ではありません。
また,記録の閲覧についても,(事後的に)裁判の内容を第三者が確認できるようにすることで,裁判の公正と国民の信頼確保を間接的に担保しようとしたもの,と考えることができるでしょう。
裁判例においても,以下のとおり,裁判の当事者であることをみだりに公開されないことについて,法的保護に値する利益として認められています(強調は筆者による)。
・名古屋高裁平成23年3月17日判決
「・・・不特定多数の者による傍聴や訴訟記録の閲覧が制度的に保障され,また,当該裁判を傍聴した報道機関により法廷に現れた事実として報道される可能性があるからといって,当該訴訟の原告であることが無制限に公表されることについて,法的保護を受けないことになるわけではない。上記の制度的保障によって知られる以外の場面では,当該情報は,なお,自己が欲しない他者にはみだりに開示されたくないと考えるのは自然なことであり,その期待は,上記(ア)のとおり,保護されるべき性質を失っていないからである。」
・さいたま地裁平成23年1月26日判決(判タ1346号185頁)
「・・・原告が「別件訴訟を提起した人物」として,別件各判決文に現れた種々の情報が原告と結びつくこととなる。かかる情報は,原告個人の私生活上の事実又は情報であること自体は否定できず,一般人の感受性を基準としても,他人に知られることにより心の平穏が害されることがあることは否定することができない。」
・東京地裁平成17年3月14日(判タ1179号149頁)
「裁判の公開の制度により訴訟記録や対審が原則として公開される趣旨は,訴訟手続の公正を担保することにあり,国民に当該訴訟の内容を周知させることにあるものではないし,実際に同制度によって個々の訴訟の内容が国民一般に広く知られているわけでもない。したがって,右制度の存在を理由に私人が民事訴訟を提起されたとの事実をみだりに公表されない法的利益を否定することはできない。また,裁判を受ける権利によって国民一般に裁判を通じた権利実現の手段が保障されることは,個々の国民が一定の事由で訴訟提起を受けたとの事実について公開を欲するか否かとはそもそも関係のない事柄である。」
ご相談者の方のお気持ちも分かるところですが,裁判の内容を不特定多数に向けて伝えることは,ご相談者が損害賠償請求を受けるおそれがあり,また,紛争の火種を増やすことにもなりかねない行為なので,控えていただくようお話をしています。
なお,「氏名や住所など,個人を特定できる情報を載せなければよいのでは?」と思われるかもしれませんが,氏名や住所の記載がなくても個人についての「特定可能性」が認められる場合がありますから,インターネット等不特定多数が閲覧可能な場で,裁判の内容について書くことはやめたほうがよいといえるでしょう。