削除請求が「非弁行為」と認定されたことについて。
インターネット上の誹謗中傷・プライバシー侵害に悩む人とって,「成功率99%!」などという威勢のよいフレーズで記事削除サービスを謳っているサイトは,とても心強く感じられるかもしれません(なお,弁護士がこうしたフレーズを広告に用いることは認められていません。「弁護士等の業務広告に関する規程」という日本弁護士連合会の定めた会規があるのですが,その第4条柱書で「弁護士等は,次に掲げる事項を表示した広告をすることができない」として,同条1号に「訴訟の勝訴率」があげられています)。
しかし,東京地方裁判所は,削除請求を請け負う会社が(第三者の権利を侵害する違法な記事を掲載している)サイト管理者に対して記事削除を請求した行為について,弁護士法が禁止している違法な行為(=非弁行為)にあたる,という判断を示しました(読売新聞H29.2.20付き「ネットの削除要請代行、非弁行為と認める判決」など)。
なぜ,会社が削除請求をすることが問題になるのでしょうか?
それは,「弁護士法」という法律が,弁護士・弁護士法人以外の者が「法律事件・事務」に携わることを禁止しているからです(司法書士の簡裁代理権等,法律により特別に認められている場合を除く)。
弁護士法72条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。
分かりにくい条文ですね。
最高裁昭和46年7月14日判決(判タ265号92頁)は,この条文について「弁護士でない者が、報酬を得る目的で、業として、同条本文所定の法律事務を取り扱いまたはこれらの周旋をすることを禁止する規定であると解するのが相当」と述べています(この判決の当時は,まだ「弁護士法人」が存在していなかったため「弁護士でない者が」となっています)。
あまり条文と変わらないですが…(笑)。
ともあれ,
1)弁護士・弁護士法人ではない者が
2)報酬を得る目的で
3)業として
4)一般の法律事件に関して
5)法律事務を取り扱うこと
は,弁護士法72条(前段)に違反する行為として禁止されるということです。
今回問題となった「削除請求を請け負う会社が,サイト管理者に対し記事削除を請求した行為」について,上記の要件を満たすかどうかについて考えてみましょう。
まず,1)「弁護士・弁護士法人ではない者」については,削除請求をしたのは会社であり弁護士法人ではないので,満たしていますね。
次に,2)「報酬を得る目的」についても,削除請求に対する報酬を得ていますから満たしますね。
それから,3)「業として」について,最高裁昭和50年4月4日判決(判タ324号195頁)は「反復的に又は反復の意思をもつて右法律事務の取扱等をし、それが業務性を帯びるにいたった場合をさすと解すべき」と述べています。
削除請求は,会社の事業として行っていたのですから,当然,この要件も満たすといえるでしょう。
4)の「一般の法律事件」については,「権利義務に関し争があり若しくは権利義務に関し疑義があり又は新たな権利義務関係を発生する案件」というように理解されています(東京高判昭和39年9月29日判タ168号126頁。また,最判平成22年7月20日決定判タ1333号115頁は,賃借人の立退き実現を図るという業務を弁護士ではない者が行ったことが非弁行為にあたるかが争われた事案で,一般の法律事件につき「交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件」であると述べています)。
削除請求は,記事が人格権等の権利を侵害する違法なものであることを理由に,削除権限を有する者=サイト管理者に対して削除を求めるものであり,権利を侵害しているかどうかについて請求者とサイト管理者との間で意見が対立し,削除が拒否されることもありますから,法律事件にあたるといってよいでしょう。
最後に,5)「法律事務」ですが,上記東京高裁昭和39年判決は「法律上の効果を発生変更する事項の処理を指すものと解すべき」と述べています。
削除請求によって,サイト管理者には「削除すべき義務」という法律上の効果が発生することになりますから,削除請求の代行は「法律上の効果を発生変更する事項の処理」にあたり,この要件も満たすといえるでしょう。
なお,上記読売新聞記事によれば,「訴訟で業者側は「サイトの通報用フォームを使って削除を依頼しただけで法律事務ではない」と主張した。」とのことですが,「フォームを使って削除を依頼する」という行為は,仮にその具体的な態様が「所定のフォームに所定事項を入力するだけ」であったとしても,請求の根拠が人格権等の権利侵害であり,それによってサイト管理者が削除義務を負うことになる以上,「法律上の効果を発生変更する事項の処理」にあたることは否定できないと思われます。
以上のとおり,「削除請求を請け負う会社がサイト管理者に対して記事削除を請求した行為」は,弁護士法72条によって禁止される「非弁行為」にあたるといえますが,さらに,非弁行為をおこなうことを内容とする契約は公序良俗違反(民法90条)として無効になります。
そうすると,削除代行会社が報酬として受け取った対価は,契約が無効となるため「法律上の原因がない」=不当利得となるので,削除請求を依頼した者は支払った対価の返還を求めることができる(不当利得返還請求)という訳です。
ちなみに,上記最高裁昭和46年判決は,弁護士法72条の趣旨について「弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行なうことをその職務とするものであって、そのために弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講ぜられているのであるが、世上には、このような資格もなく、なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とするような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね、法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、同条は、かかる行為を禁圧するために設けられたものと考えられるのである。」と述べています。
「資格もなく、なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とするような例」を報道で目にしたりしますが,威勢のよいフレーズに惑わされることなく,必ず,資格を有する専門家に相談してほしいと思います。