「電子メール」はプロバイダ責任制限法の対象になる?ならない?
さて,プロバイダ責任制限法についての2回目,今回は「電子メール」がプロバイダ責任制限法の対象になるかどうかについて,お話したいと思います。
「特定電気通信」とは?
プロバイダ責任制限法は,「特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害があった場合」(第1条)に,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限や,発信者情報の開示請求ができるとしています。
つまり,プロバイダ責任制限法が対象とするのは,「特定電気通信」にあたる通信ということになりますが,はたしてこれはどのような通信なのでしょうか?
法律には,その法律で使われる主な用語を定義,説明した規定が始めのほうにおかれていることが多く,プロバイダ責任制限法でも第2条に「この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。」として,用語の定義がされています。
そこで「特定電気通信」が規定されていないかをみてみると,1号に「特定電気通信 不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(電気通信事業法 (昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号 に規定する電気通信をいう。以下この号において同じ。)の送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)をいう。」と定義されています。
この定義によれば,「電気通信」というのは電気通信事業法の規定が引用されていますから,ポイントは「不特定の者によって受信されることを目的」としているかどうか,ということになりそうですね(ちなみに,電気通信事業法で電気通信は「有線、無線その他の電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、又は受けることをいう。」と規定されています)。
「不特定の者によって受信されることを目的」といっても,具体的にどのようなものがこれにあたるのでしょうか?
総務省が作成した逐条解説では,特定電気通信について,「インターネット上のウェブページ、電子掲示板等は、電気通信の一形態ではあるが、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信・・・の送信であることから、このような形態で送信される電気通信を通信概念から切り出し、「特定電気通信」としたものである。」(3-4頁)と説明されています。
なぜ,「インターネット上のウェブページ、電子掲示板等」が「特定電気通信」としてプロバイダ責任制限法の対象とされたのか,それは,例えば平成23年7月に公表された「プロバイダ責任制限法検証に関する提言」(利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会)をみると,「インターネットの普及に伴い、その負の側面として、インターネットによる違法・有害情報の流通が問題となってきた。特に、電子掲示板等の不特定の者に対して送信される形態で行われる通信(特定電気通信)は、1 対1 の通信に比べ、加害の容易性、被害の拡大性及び被害回復の困難性といった特徴があり、その問題はより深刻なものとなりがちであった。 」にもかかわらず,「、権利を侵害されたとする者がプロバイダ等に対しその開示を求めるための法律上の根拠もなく、当該情報の開示を請求することができない状況にあった。」ために,「このような状況を改善するため、旧郵政省における各種研究会での検討結果等を踏まえ、2001(平成 13)年、プロバイダ責任制限法案が 10 月に国会に提出され、国会での審議を経て、プロバイダ責任制限法が 11 月に成立して公布され、2002(平成 14)年 5 月に施行された。」との説明がされています。
つまり,名誉毀損やプライバシー侵害といった,他者の権利を侵害する内容を含む情報が「インターネット上で誰でも閲覧が可能な形」(掲示板,ブログ等)で書き込まれてしまうと,その情報は瞬時に広範囲に拡散し,しかも削除されない限りは永続的かつ容易にアクセスできてしまうということから,被害がより深刻になりやすい,という問題意識があった訳です。
ここでまた逐条解説に戻ると,逐条解説では「電子メール等の1対1の通信は、「特定電気通信」には含まれない。なお、多数の者に宛てて同時に送信される形態での電子メールの送信も、1対1の通信が多数集合したものにすぎず、「特定電気通信」には含まれない。」(4頁)とされています。
以上のとおり,「電子メール」は,「特定電気通信」にはあたらないため,プロバイダ責任制限法の対象とはなりません。
したがって,例えば,名誉を毀損する内容の電子メールが送信された場合に,プロバイダ責任制限法に基づき発信者情報の開示を求めることはできない,ということになります。
「電子メール」による権利侵害がされた場合は,送信者を特定できないのか?
では,電子メールによって権利が侵害された場合には,送信者を突き止めることができず,泣き寝入りするしかないのでしょうか?
例えば,電子メールの内容が殺人予告など生命,身体に危険が及ぶ可能性があるような場合には,警察に被害届を提出することで,警察が捜査にあたってくれるかもしれません。
そのような,生命,身体に危険が及ぶとまでは言えないが,名誉毀損やプライバイシー侵害などにあたるという場合(※1)には,弁護士法に基づく「弁護士会照会」によって,メール送信の際に用いられたIPアドレスを付与した経由プロバイダ(※2)に対し,インターネット接続サービスの利用者についての情報を照会する,という方法が考えられます。
ただし,「通信の秘密」を理由に回答が拒絶されてしまうこともあります。しかし,一般的なメールであればともかく,他者の権利を侵害するような内容のメールについてまで通信の秘密による保護を及ぼす必要はないのではないか,と思います。
※1 名誉毀損やプライバシー侵害が成立するには,「不特定または多数」に対して事実や情報が示されることが前提となりますので,電子メールの場合には,一定数の第三者に送信された,あるいは,数は少ないけれども受け取った人からさらに別の人に広がっていく蓋然性がある(これを「伝播性の理論」といいます),といった事情が必要となります。
※2 こうしたメールはフリーメールを利用して送信されることが多いと思われますが,メールの「ヘッダー情報」には通常,送信時のIPアドレスが記載されていますので,経由プロバイダを特定することが可能です。