裁判史上おそらく初「アイデンティティ権」
東京新聞平成28年6月11日付き記事「成り済まされない権利認定 大阪地裁、SNSで初の司法判断」によれば,SNS上で「なりすまし」による被害を受けていた男性がプロバイダに対して発信者情報の開示を求めていた裁判で,「アイデンティティ権」という概念が認められたとのことです。
上記記事によれば「アイデンティティー権を、他人との関係で人格の同一性を持ち続ける権利だと定義。成り済ました人物の発言が、本人の発言のように他人から受け止められてしまい、強い精神的苦痛を受けた場合は「名誉やプライバシー権とは別に、アイデンティティー権の侵害が問題となりうる」とした。」とのこと。
従来,例えばツイッターやフェイスブックなどのSNSサービス上で第三者が「なりすまし」をした場合,なりすましそれ自体によって,なりすまされた本人の権利を侵害している,と認めてもらうことは困難でした。
つまり,第三者がなりすましをした上で,さらに,本人の社会的評価が低下するような言動(他人を侮辱する等)を行う,あるいは,本人のプライバシーに該当するような情報を発信する等して初めて,本人に対する権利侵害が認められるというのが一般的でした。
今回の判決は,「アイデンティティ権」という概念を認めた上で,名誉毀損やプライバシー侵害にあたる言動がなくとも,なりすましそれ自体が一定の場合には本人のアイデンティティ権を侵害することがあると認めたものであり,非常に意義があるものといえます。
私も,これまで「ツイッターでなりすまされて困っている」等のご相談を受けることがありましたが,従来の裁判例を前提にすると,なりすましそれ自体だけでは不十分で,名誉毀損やプライバシー侵害など,何らか権利侵害にあたる要素がないと難しい,というようにお答えせざるを得ませんでした。
しかし,「アイデンティティ権」という権利が認められるようになれば,なりすまし=アイデンティティ権の侵害である,として削除や発信者情報の開示を求める道が開けることになります。
判決では「どのような場合に損害賠償の対象となるような成り済まし行為が行われたかを判断するのは容易ではなく、判断は慎重であるべき」とされ,実際,結論としては開示請求を認めないという結果でしたが,まずは新たなる権利の第一歩であり,これから裁判例を積み上げていくことによって,アイデンティティ権という権利を確固たるものにしていくことが重要といえましょう。