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「デマツイート」による逮捕

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熊本地震が発生した直後に「地震のせいでうちの近くの動物園からライオン放たれたんだが 熊本」という内容のツイートをした男性が,偽計業務妨害の疑いで逮捕されたという報道がありました(NHKニュースウェブサイトH28.7.20)。


地震によって被災した方達の不安をことさらに煽るものであり,このような行為が許されるべきではないことはもちろんですが,ここではそうした道義的な観点から離れ,法的な面から,1)本件において偽計業務妨害罪が成立し得るか,2)本件において逮捕は妥当であったか,という点について考えてみたいと思います。

もとより,報道に現れた限りの事情に基づく検討ですので,別の事情があればまた違った検討内容・結果になる点につき,予めご承知おきください。

 

まず,1)偽計業務妨害罪が成立し得るか,という点について。

刑法の条文を確認してみましょう。

 

刑法233条

虚偽の風説を流布し,又は偽計を用いて,人の信用を毀損し,又はその業務を妨害した者は,三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 

本件においては,「動物園からライオン放たれた」という内容が虚偽(実際には,熊本市にある動物園(熊本市動植物園)で飼育されていたライオンは,一時的に大分県の動物園に移され,飼育されているとのことです)であり,それをツイッターという不特定多数が閲覧可能な媒体で発信したのですから,「虚偽の風説を流布し」にあたるといえます(非常に古い判例ですが,「刑法第二百三十三条に所謂「虚偽の風説を流布し」とは虚偽の事実を不定多数の人に伝播せしむるの謂にして必すしも犯人か直接に不定多数の人に対して虚偽の事実を告知することを要するものに非す」と述べたものがあります(大審院大正5年12月18日判決刑録22輯1909頁。旧字体を改め,カタカナをひらがなにしています)。

また,「業務を妨害した」という点について,まず「業務」というのは,職業などの「社会生活上の地位」に基づき,反復・継続的に行われる事務を総称するものとされています(これまた古い判例においてですが)「公務を除く外精神的なると経済的なるとを問わす汎く職業其他継続して従事することを要する事務又は事業を総称する」とされています(大審院大正10年10月24日判決刑録27輯643頁。旧字体を改め,カタカナをひらがなにしています)。

動物園に関していえば,「動物を飼育すること,飼育施設の維持管理等をおこなうこと,動物が危害を加えないよう適切な措置(檻を設けてその中で飼育する等)を講じること」などが,動物園が反復・継続的に行う「業務」にあたるといえるでしょう。

 

次に「妨害した」という点について,本来業務に支障が生じた場合だけでなく,虚偽の風説への対応(これは,「本来業務」ではない)が必要となり,それによって本来業務が停滞した場合も含むとされています。

本件においては,上記NHK報道によれば「熊本市動植物園には問い合わせなどの電話が100件を超え,獣舎などの点検がスムーズに行えなかった」,「地震発生直後に猛獣類が逃げていないか確認はしていましたが,その後問い合わせの電話が殺到し,仕事ができなくなりました」ということであり,「妨害」という点も認められるといえるでしょう。

なお,判例においては,妨害の危険が認められれば足り,実際に業務が妨害された結果が生じる必要はない(このような犯罪類型を「抽象的危険犯」といいます)とされています(最高裁昭和28年1月30日判決刑集7巻1号128頁は「業務の「妨害」とは現に業務妨害の結果の発生を必要とせず,業務を妨害するに足る行為あるをもって足るもの…と解するを相当」と述べています)。

 

以上みてきたところからすれば,本件においては,偽計業務妨害罪が成立し得るといえるでしょう(なお,ツイートを発信した行為は「虚偽の風説の流布」にあたると思いますが,虚偽の風説を流布した場合も,罪名としては一般に「偽計業務妨害罪」という表記が用いられていますので,それにならっています)。

 

次に,2)逮捕が妥当であったか,という点について。

ここでもまず条文を確認しましょう。

 

刑事訴訟法199条

  1. 検察官,検察事務官又は司法警察職員は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは,裁判官のあらかじめ発する逮捕状により,これを逮捕することができる。ただし,三十万円(刑法 ,暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については,当分の間,二万円)以下の罰金,拘留又は科料に当たる罪については,被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。
  2. 裁判官は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは,検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については,国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。以下本条において同じ。)の請求により,前項の逮捕状を発する。但し,明らかに逮捕の必要がないと認めるときは,この限りでない。
  3. 検察官又は司法警察員は,第一項の逮捕状を請求する場合において,同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときは,その旨を裁判所に通知しなければならない。

 

刑事訴訟規則143条の3

逮捕状の請求を受けた裁判官は,逮捕の理由があると認める場合においても,被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし,被疑者が逃亡する虞がなく,かつ,罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは,逮捕状の請求を却下しなければならない。

 

つまり,逮捕は裁判官が発する逮捕状によって執行されますが,逮捕状は,1)被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(=逮捕の理由)があると認められ,かつ,2)逮捕の必要がないとは認められない(=(逆に言えば)逮捕の必要性がある)場合に,発付されることになります。

本件においては,男性がツイートをしたことはサーバーの解析等によって裏付けられるようですから,1)「逮捕の理由」はあったといえるでしょう。

 

次に,2)「逮捕の必要性」についてですが,上記に挙げた刑事訴訟規則の条文によれば,「被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情」に照らして,「被疑者が逃亡する虞がある」か,または,「罪証を隠滅する虞がある」等と認められれば,逮捕の必要性あり,ということになります。

 

この点については,報道に現れた事情しか分からないので確たることは言えませんが,

  1. 被疑者とされた男性は20歳と若年であること
  2. 定職がある(会社員)ので現住地を軽々に離れる可能性は低いと思われること
  3. 生命・身体等には被害が生じておらず殺人,傷害等の犯罪に比較すれば軽いといえること
  4. 「悪ふざけでやった」ということで計画性もない(もちろん,悪ふざけだからよいということではありませんが,逮捕の必要性があるかどうかの観点から考えた場合には,という趣旨です)こと
  5. サーバーが解析されており当該男性が行為者であることの客観的証拠があること(そして,それを隠滅することは困難であること)
  6. 当該男性が自白していること

 

といった諸般の事情からすれば,本件においては,「被疑者が逃亡する虞」も,「罪証を隠滅する虞」も,いずれも認め難く,したがって「逮捕の必要性はない」と考える方が妥当なのではないかと思われます。

 

ではなぜ今回,逮捕にまで至ったかということですが,震災によって多数の国民が被災している中,被災者の不安を煽り,これを増長するような情報を,ツイッターというきわめて広範囲に情報が拡散し得る媒体でもって発信した,という行為が非常に悪質であることは事実ですから,「このような行為は絶対に許されない」ということを示すためになされた,(言葉は悪いですが)「見せしめとしての」逮捕なのではないか,との印象を拭えないところです。

なお,誤解されがちなところですが,「逮捕が必要か」と,「処罰が相当か」とは,別の問題であり,逮捕までは必要ないが相応の刑罰は科せられるべき,という事案は当然あります(報道でよくみる「書類送検」というのは,事件についての書類一式が警察から検察に送られることをいいますが,この場合,被疑者は逮捕されていません。逮捕は相当でないと判断されているからです)。

 

検察統計によれば,平成27(2015)年における信用毀損罪・業務妨害罪における逮捕件数は,受理総数820件のうち299件(36.5%)となっています。犯罪全体(ただし,自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除く)でみると,受理件数34万6530件のうち12万5767件(36.3%)であり,実は,逮捕されているケースの方が少ないのです。

逮捕には,それが認められるために必要な条件が法律上定められています。一般に,刑事上の手続きというのは大なり小なり個人の権利を制限・制約するものですが,とりわけ,逮捕は「身体の拘束」という重大な結果を生じさせるものですから,恣意的な運用があってはならず,例えば「悪質だから」「多くの人に迷惑をかけたから」というような,法律上根拠がない理由で正当化されることがあってはならないと思います。


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