インターネット上の「なりすまし」による情報発信につき,プロバイダに情報開示を命じる判決。
NHKの報道によれば,「自分になりすましてインターネット上の掲示板に他人を侮辱する書き込みをした人物について、名前などを開示するよう大阪のプロバイダー業者に求めた裁判で、大阪高裁は、開示を認めなかった1審の判決を取り消し、名前などを開示するよう命じる判決を言い渡しました」とのことです(NHKニュースウェブ平成28年10月8日「“なりすまし”情報開示命じる」より)。
インターネット上の「なりすまし」については,以前,「インターネット上の「なりすまし」。どうやって対処する?」というトピックで取り上げたように,「なりすまし」それ自体が不法行為にあたるかといえば,なかなかそれは難しいと言わざるを得ません。
今回のケースでも,大阪高裁は「問題の書き込みは男性が他人を侮辱していると誤解させるもので、男性には書き込みをした人物の情報の開示を受ける正当な理由がある」としたということですので,なりすましを違法と認めた訳ではなく,なりすましをした上で「他人を侮辱していると誤解させる」書込みをした行為(※)が,名誉毀損にあたる(つまり,そうした書込みがあることによって,なりすまされた男性は他人をインターネット上で侮辱するような人物である,との印象を閲覧者に与えることになるため)と判断したものと思われます。
※具体的には,「アカウント表示名「X1」(中略),プロフィール画像として原告の顔写真を用い,「みなさん,わたしの顔どうですか?w」,「妄想ババアは2ちゃん坊を巻き込んでやるなよwwヒャッハー*\(^o^)/*あ~現場着くわ!またな,おばあちゃん」等の・・・投稿をした」というものだったようです(後記ウエストロー・ジャパン掲載の大阪地裁判決文より)。
ちなみに,上記大阪高裁の原審である大阪地裁は,情報開示請求は棄却したものの,「名誉毀損,プライバシー権侵害及び肖像権侵害に当たらない類型のなりすまし行為が行われた場合であっても,例えば,なりすまし行為によって本人以外の別人格が構築され,そのような別人格の言動が本人の言動であると他者に受け止められるほどに通用性を持つことにより,なりすまされた者が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるほどに精神的苦痛を受けたような場合には,名誉やプライバシー権とは別に,「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」という意味でのアイデンティティ権の侵害が問題となりうると解される」と述べ,一般論としてではありますが,「なりすまし」それ自体が「アイデンティティ権」を侵害する行為として違法となり得る場合がある,という考え方を示しています(大阪地裁平成28年2月8日判決ウエストロー・ジャパン2016WLJPCA02086002)。
開示請求を代理した弁護士は,「「男性の被害を救済する判決と評価するが、できれば、なりすまし自体が違法だと判断してほしかった」と話しています。」ということですが,例えば,現在では当たり前のようになっているプライバシー権も,裁判において認められるようになったのは昭和30年代に入って(東京地裁昭和39年9月28日判決判タ165号584頁「『宴のあと』事件」)ですから,裁判の積み重ねによってはいずれ「アイデンティティ権」が新しい権利として認められ,なりすましが「アイデンティティ権侵害」と判断される日が来る,かもしれません。